うめちゃんからの手紙 2018 No.045 それが当たり前になってはいけない。馴致しない美学。

うめちゃんからの手紙 2018 No.045

SPレコードを持ってバイトに向かう うめちゃん。

うめちゃんからの手紙 2018 No.045

私の誕生日にアルバイト先の常連さんから民謡の入ったSPレコードを頂きました。
残念ながら私の下宿に置いてあるレコードプレーヤーでは78回転のものは聞くことはできません。
実家には複数台レコードプレーヤーや蓄音機、あらゆるメディアを再生する環境があるので、実家で聴くのが一番ですが、東京で暮らす今は無理です。

アルバイト先には幸いにもSPレコードが聞ける機材があるので時間を見つけて聞かせていただいています。
仕事に必要なもの以外を職場に置くのは憚られるのですが、今は甘やかせていただいています。
常連さんの出身地の民謡などがある時やマスターと話題に上がった時などにも時々かけてみんなで聞いたりしています。
一太郎さん、マスター、私の間でちょっとした炭坑節ブームです。

私の実家の母や父方の祖父母が大衆文化やテレビ番組、テレビCMを趣味でアーカイブ作りなどをしていて、実家には大量のVHSなどがあり、いくらでも時間を過ごすことができる魔窟のようになっています。
母が好きだったという「ウッチャンナンチャンのウリナリ!!」という番組、空耳アワーではないコーナーがあった時代の初期のタモリクラブのVHSや松本人志さんの「放送室」というラジオ番組が私もとても好きで何度も見たり聞いたりしていました。

一部の関西ローカルのラジオ番組などがカセットテープではなく徳用VHSテープに大量に録音されているものなどもあり、これらは一生かかってもデジタル化は進まないだろうなぁと娘の私は危惧しています。
VHSのビデオカセットを使うことで3倍速録画モードで6時間録画ができる計算になり、長時間番組などの録画を途切れないように録音する当時の一般的に知られた知恵だったようです。
テープメディアだからとあなどるなかれ、劣化が激しくないテープに限って言えばデジタルなどにくらべてみてもそこまで劣化、音が薄くなる印象はないので侮れません。
(VHSのスリーブやケースなどを見てみても今はないブランドや、スーパーのダイエーが当時やっていたセービングというプライベートブランドのVHSなどもあり、中身以外にも入れ物を見るだけでも面白さがあります。)

祖父はとてもマメな人なのでパソコンのデータベースに完璧に記録が付けてあり、すべてのVHSやカセットの所在もきちんとしています。カビ対策などもバッチリなのですが…圧倒的な量があるため作業は進みません。
テープが劣化する前にデジタル化などができたらいいなと常に思っています。
ベータテープやD-VHSなども録画に使われており、同じ番組やNHKのシリーズでも様々なテープメディアが混在してしまっているため作業は難航すると思います…
ベータだけでもEDベータ、HiBandベータなどいろいろなテープが混在しており、祖父からレクチャーを受けなければ難儀です。
私の母のお気に入りのフォーマットのためD-VHSのデッキも複数台あり、HM-DR10000というかなり大きなデッキが2台、1台はiMacに繋がれていて一応はデジタル化ができるようになっていて、もう一台はバックアップ用です。

「ウッチャンナンチャンのウリナリ!!」は番組に出ているメンバーが今でもテレビでよく見かける人たちなので古臭さを感じないのですが、実は番組開始が20年以上も前なので、一部の録画したテープは残念ながら劣化しているのが確認されました。
レコード店のおじさんと話した際に、レコードコレクターの方が亡くなられた際はできるだけコレクションが散らばってしまわないように可能な限り全力で全てを買い取れるように努力していて、過去にはトラックで何往復もしたすごいコレクションがあったいう話を聞きました。
コレクションが散らばってしまうのは、悲しいことですし、ある程度系等付けや年代が固まったコレクションは資料としても保護していかなければいけない対象です。
SPレコードなどは傷みやすいので大事にしていきたいです。

渡辺さとるさんの旅するカメラという本を私とはるちゃんは愛読しているのですが、そのうちの一冊に、自分の部屋や近所の風景の写真に限って撮っていないもので、意外と時間が経つとそういう身近なものほど大事になってくるといった文章が書かれていました。

私も考現学や大衆文化に興味があるので、なるほどなと思うものがありました。
私が関西から東京に出てきたほんの数年の間に本当に多くの個人商店が姿を消し15階前後のマンションへと姿を変えて行っています。
学校と下宿の中間にある台東区周辺は特に顕著で、店舗付き住宅や職人さんの工房兼住居などがすごい勢いで消えて行っています。
これは台東区に限ったことではなく築地周辺などでも立派な木造の日本家屋などが私が東京に来た2年前には残っていたのに、最近近くを歩いてみるとコインパーキングになっていることがありました。
つい最近でも私とはるちゃんとマリちゃんでいつかZINEを出すときは表紙を箔押し加工して可愛く作ってみたいねという話をしていて、箔押しをしていただける工房を見つけたのですが、少し日を空けて行ってみるとその建物の玄関がコンパネがっちりと閉じられ人の気配が無くなっていました。

たった2年と数ヶ月の間にこれだけの変化がありました。

オリンピックが近づいていることも一つの理由かもしれませんが、変化というのは意識してみなければ気がづかないもの、ものすごいスピードで街は様変わりしていきます。

私がもし東京に完全に馴致してしまっていたら変化に気づけていなかったかもしれません。
そう思うと毎日発見があることや、驚いてしまうと、まだ慣れないことも悪いことではないと思えたのでした。

うめこ


今日の一枚

高橋商店街で。

LEICA M10 , APO-SUMMICRON-M F2/50mm ASPH.


今日の一曲

有楽町で逢いましょう フランク永井 昭和33年 ビクター

フランク永井 – 有楽町で逢いましょう


今日の一冊

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