うめちゃんからの手紙 2018 No.194 ふんどし作家の最後の砦。

うめちゃんからの手紙 2018 No.194

マリーちゃんと彼女の愛犬。

うめちゃんからの手紙 2018 No.194

マリーちゃんが実家のあるロンドンへ帰って行きました。
私とはるちゃんと田中さんは祖母に連れられ明後日からフランス旅行に行くことになっています。
コルマールという街に行く予定で、時間があれば国境を越えてバーゼルにも寄ってこようと思っています。

マリーちゃんのお父様が車で迎えにいらしたのですが、マリーちゃんの愛犬も同乗していました。
マリーちゃんの一家はキャバリアキングチャールズスパニエルという犬種ばかりを代々使い魔として連れています。
魔女イコール黒猫というステロタイプがありますが、愛犬家の魔女や魔法使いも多いのです。

マリーちゃんのリクエストでお父様と車で寄り道しながら実家に帰りたかったのだそうです。
ゆっくりと車で田舎の景色を見ながら実家に近づいていくのが楽しいのだそうです。
それと車内でたくさん話したいことがあるのでしょうね、そしてお父様も娘と道中話ができることが楽しくて運転を頑張るのでしょう。
電車で移動するとわかりにくいのですが、イギリスの田舎とロンドン市内は確かに匂いが異なっていて、匂いだけで市外と市内を隔てる境界線がはっきり見えるような錯覚を覚える瞬間があります。
私も子供の頃両親と日本の1号線の端から端まで車で走ってみたり、旧街道をめぐる旅をしたことがあるのでマリーちゃんの気持ちもよくわかります。
大阪の街の匂いと東京の街の匂いは異なります。
時に苛立ちもするけれど551の匂いであったり崎陽軒の匂いも見附を抜け街を出たのだと意識させてくれるのかもしれません。
食べ物の匂い、雑踏で巻き上がるチリの匂い、よどんだ川に流れる生活用水の匂い、e.t.c

私が今一番恋しい匂いは何か?とふと考えた時に一番最初に思い浮かんだのはいとこの文子ちゃんと歌子ちゃんの匂いです。
双子の赤ん坊が持つ匂いは成長とともに変わってきたなぁと思うことは何度もありましたが、それでも愛おしく思わせる匂いが常に出ています。
私も日本に帰国したら二人を抱きしめて彼女たちのもしゃもしゃヘアーに鼻をうずめたいと思います。

マリーちゃんと私は一人部屋で、はるちゃんと田中さんが相部屋で今日まで生活していました。
私はお仕事の毎朝4時に起床しているので迷惑にならないように個室に、そしてマリーちゃんは神経質なので電化製品も時計も一切置いてない部屋で寝ていました。

マリーちゃんの部屋が空いたので田中さんかはるちゃんが部屋を移っても良いのですが、変更なく最終日まで二人は相部屋でいくようです。
嫉妬しているわけではないのですが、二人は寝る前に二人でいろいろなことを話したりして楽しんでいるようです。
田中さんとはるちゃんがこの夏でグッと仲良しになったなぁと思いました。
なかなかパジャマパーティー的な展開がなく友達同士で夜更かしをしながらおしゃべりをするというシチュエーションに私は縁がないようです。

マリーちゃんが過ごした部屋は日が暮れると本当に漆黒の闇で瞑想のために誂えたかのように簡素な部屋でした。
電化製品から漏れるノイズのような音や溢れる光、時計のカチカチ音に至るまで、すべてを排除した部屋なため、慣れないと夜は転んだり頭をぶつけたりして危険です。
なので田中さんやはるちゃんが部屋を移りたがらないのも納得です。
マリーちゃんの寮の部屋にも行ったことがあるのですが、各部屋に備え付けられた小型の冷蔵庫も普段は電源を落としているそうで、マリーちゃんは常温の水か沸かしたお湯でお茶を飲んでいると言っていました。
寝室なのですからそれくらいストイックな部屋で生活するのもかっこいいなとも思いました。

以前、稲垣足穂さんがふんどし一丁で机がポツン置かれた静謐な部屋で執筆作業をしている写真を見たことがあります。
構図内に白い筋のようなものが右から左に走っていて、目をこらすと聖域でもある仕事部屋で跳ねている猫の残像なのでした。
緊張感と微笑ましさが混在した写真でグッとくるものがありました。
おそらく4畳半程の部屋なのですが、日本建築の美意識のようなものが生きていて、それこそ陰翳礼讃を体現しているような、作家として、稲垣足穂の仕事場として説得力を持ったそれ自体が芸術作品であるような部屋でした。
出版社などから文壇から距離を置き極貧時代があった稲垣足穂なのですが心を腐らせることなく同人に活動の場を移し執筆を続け、のちに三島由紀夫などに見出され再び評価されたことで知られています。
すべての無駄を削ぎ落とした時に部屋に残ったのは愛猫と机、そして執筆のための原稿とペンだったのです。
それはまるで最後の砦のようでもある気がします。
本が売れていなくても常に人に分筆を通じて気持ちや考えを共有したいという情熱を絶やさなければいつしか作家としての迫力を帯び、そのアイデンティティを維持し続けることができるような気がします。

いろいろなものを得て、そして捨てていく日々を過ごした先に私の周りには何が残るのでしょうか。
両の手で抱え切れるものはあまり多くありません。
私も稲垣足穂と同じで必ず愛猫と一緒にいられたらなと願っています。

うめこ


今日の一枚

撮影地:ベトナム / EOS 6D / EF24-70mm F4L IS USM

撮影地:ベトナム / EOS 6D / EF24-70mm F4L IS USM

ベトナムのゴミもベトナムらしさがある。


今日の一曲

Chara 『大切をきずくもの』

Chara 『大切をきずくもの』


今日の一冊

Copyrighted Image

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