体を休める日の時間の使い方

2023年3月末頃撮影 / Leica MP APO-SUMMICRON-M 50 mm f/2 ASPH Kodak Vision3 250D
一月末頃から目立ってきた体の不調と疲れが抜けないので今日も家で休みました。
少しでも散歩に行った方が良かったのですが、家でやらなければいけない事も山積みです。
何年もサボってしまっている作業もあります、むしろ家でも頑張らなければいけません。
以前買ってストックしていたマスクもだいぶ減ってきました。
季節を問わず花粉症やインフルエンザ予防のためにマスクは使っていますが、以前に比べるとドラッグストアで見かけるマスクの種類も減ったような気がします。
マスクも長期間ストックしておくと周りに置いてあるものの匂い等を吸ってしまう事もあるので溜め込みすぎには注意する必要があります。
柔軟剤を変えると以前まで使っていた柔軟剤の匂いに気づく事があり、何度か柔軟剤を使うのをやめて洗濯すると自分の家の匂いに気づいたりもします。
掃除機等のフィルター掃除をすると、その違いによく気づきます。
今日は細々とした雑務以外は読書に時間を使いました。
最近また歴史小説を読んでいたのですが、作中の距離感の乖離が少し面白かったです。
お話に登場する子供が十里歩く…という描写があったのですが、kmに換算して40km弱はいくら当時の日本人が徒歩移動中心で健脚であったとしても子供の足では無理ではないかと思えるのです。
旧東海道を日帰りなどで徒歩旅をしていますが、当時の通しで江戸から京都大阪まで歩いたのは町内や地域で健脚で喧嘩に強いお金をしっかり扱える人だったと思います。
お金を預かってお札を買いに行ったりもしていたわけですし、どんなに早く旅程をこなしても往復で1ヶ月はかかるわけですから、ATMもない当時はお金や貴重品は常に身につけて歩いていたわけです。
成人男性で十里、成人女性で八里は歩いていたと書かれているのをどこかで読んだ気がします。
今の時代でも元気な方であれば男女問わずフルマラソンの距離より短い十里は歩けるでしょうが、それも効率的にチェーン店や飲食店等で栄養補給ができる事、江戸に比べれば優れた舗装路やそこを歩く運動靴があってこそのことです。
当時でも脚気になる程に山ほどの白米を食べられ、カーボローディング的に栄養補給ができたとしてもなかなか難しかったのではないでしょうか。
流石に江戸時代の元気な子供でも40kmはきついんじゃないかなぁとぼんやり考えた午後でした。
日本橋や浅草界隈に暮らす人間が時に隅田川の向こうの帝釈天などにお参りに行こうとします、例えば当時からの一等地三越あたりに住む商人が帝釈天にお参りに行こうと思うと水戸街道を歩いて10km以上はあったわけですから往復20km以上は歩く必要があります。
人の歩く速さは時速4㎞と言われていますから、5時間は歩く必要があります。
日常的には無理だったのではないかなぁと思います。
それと単純に今よりも便利な家電や道具がない時代、食事を作ったりするのにも時間がかかる時代に1日のうちの5時間を費やすことはなかなか難しかったのではないかとも思えます。
例えば東京駅すぐそば、八丁堀に住む八兵衛さんがいたとして、浅草寺にお参りに行って帰ってこればそれだけで往復10kmは超えてしまいます。
街灯もない時代ですから、2−3時間を1日でお参りのために捻出しようと思うと結構忙しなかったかもしれません。
そうなるとせいぜい日常的にお参りに行けたのは小網神社や日本橋日枝神社あたりまでではないかなぁと僕は邪推しています。
どうでも良いことを考えながら過ごした1日でした。
ただ距離感を正しく自分の中で持つのは大切だと思います。
画伯