画伯の雑記 – 2024年10月21日畑宿(箱根町南部)から箱根町港まで歩きました。

前回の半分の距離だけれとても疲れた1日

前回の国府津から畑宿間は20.4kmの距離を歩きましたが、今日は前回の半分ほどしか歩いていないにも関わらずとても疲れた1日でした。

夏がとても暑くったので旧東海道旅が止まっていました。やっと涼しくなってきたので旅を再開する事にしました。

畑宿から歩き始め箱根町港でギブアップとなったのですが、箱根町港到着時点での歩行距離は9.3kmでした。
自宅に到着した時の総歩行距離は11.6kmでした。
意外と駅等を歩いている距離も無視できませんね。
行きにスタート点に着くまでに結構歩いていたので、実際に畑宿と箱根町港間を歩いた距離は7km前後だと思います。
今回あまり距離が伸びなかった要因は、めちゃくちゃ箱根が混んでいて休憩が取れなかった事が大きいです。
トイレに行く事はできましたが、座って食事を取ろうと予定していたところで休みが取れず、立って食事をしたりときちんと休めませんでした。
旧街道の石畳道を歩いていてもかなり多くの海外からの観光客の方たちとすれ違いました。
山道でもちょっとした街中より人通りが多いくらいでした。
加えて気温が高かった事も距離があまり伸びなかった一因です。
東京の自宅の外に設置してある温度計には19℃を示していましたが、畑宿到着時に自分のリュックにつけた温度計を見てみると27.7℃で湿度は37%を示していました。
前回の旅よりも暑かったのです。

畑宿(箱根町南部)から箱根町港まで

画伯の雑記 – 2024年10月21日畑宿(箱根町南部)から箱根町港

今日はできるだけ標高もメモしておくことに努めました。
自分の時計に標高表示が付いているので活用することにしました。
ちなみに畑宿周辺は海抜396mだそうです。

今日も懲りずに233枚も写真を撮ってきてしまいました。
最初に断っておくと、前回に比べ今日の工程はほとんど山の中を頑張って歩いていただけです。
なのに不思議と写真がたくさんありました。
そこから35枚まで絞ったのですが、これだけあってもこの投稿を見てくださる方が見たい景色を撮って来れているかは分かりません。
ご自身で行って見てくださいと、言い逃れしておくほかありません。

畑宿のバス停はトイレがあるのと自販機が近くにあるので助かります。

画伯の雑記 – 2024年10月21日畑宿(箱根町南部)から箱根町港

江戸よりと二十三里と書かれているだけで雰囲気が出ますね。
あと細くなった上り坂で向こうが見えないため、少し高揚感がありました。
アスファルトのところを歩くよりは随分気分が良いものです。

画伯の雑記 – 2024年10月21日畑宿(箱根町南部)から箱根町港

時刻設定を間違えてしまっていますが…午後1時頃の気温と湿度はこんな感じでした。
多少はリュックの生地が黒い事が温度計にも影響を与えているかもしれませんが、自宅のある東京都より暖かかったのは事実です。
それと湿度も下がってきています。(ほぼ同時刻の東京自宅の湿度計は47%でした。箱根よりは高いですが、夏に比べ下がってきましたね。)

畑宿一里塚

画伯の雑記 – 2024年10月21日畑宿(箱根町南部)から箱根町港

時代劇等に出てきそうなこれぞ一里塚といった、教科書的一里塚でした。
そのまま映画が撮れそう。

ここは発掘調査のようでしたが、今日の行程の何箇所かで整備が行われていました。
石が崩れていたり木が倒れていたりする箇所がいくつかあるのでご注意ください。

画伯の雑記 – 2024年10月21日畑宿(箱根町南部)から箱根町港

今日の道は割と険しく、苔等で滑るため歩きにくかったのですが、この看板を読むと石畳があるだけありがたいという気持ちになりました。
現代人の僕からすればゴツゴツした石畳も歩くのに難儀し文句が出てしまうのですが、それ以前は泥やぬかるみで、そこから竹、石畳と変化してきたと知ると感謝せずにはいられません。

画伯の雑記 – 2024年10月21日畑宿(箱根町南部)から箱根町港

時々看板の写真を撮ったり、読んだりしてモチベーションを維持するように勤めました。
急坂が続きますから気を紛らわすのも大切です。

橿木坂(かしのきざか)のバス停の周辺で手持ちの時計が標高476mを示していました。

画伯の雑記 – 2024年10月21日畑宿(箱根町南部)から箱根町港

目が回りそうな旧カーブです。
車でも大変な坂です。
下りの時はエンジンブレーキの活用が必須でしょう。

画伯の雑記 – 2024年10月21日畑宿(箱根町南部)から箱根町港

管理者が違うの設置年代の違いによるものなのか、箱根を歩いていると色々な看板があります。
迷う事もあると思うので、事前にある程度地図を見ておくのと現地でスマートフォンの地図やGPSを活用すると良いと思います。

画伯の雑記 – 2024年10月21日畑宿(箱根町南部)から箱根町港

この案内板は環境省と神奈川県の連名で設置されていました。国や県が設置したもの、箱根町が設置したもの、色々混じっています。少しずつ意匠が違うので面白いですね。

画伯の雑記 – 2024年10月21日畑宿(箱根町南部)から箱根町港

この辺りで海抜700m目前だったと思います。
いくつか須雲川自然探勝歩道の看板と地図か設置されていました。

画伯の雑記 – 2024年10月21日畑宿(箱根町南部)から箱根町港

今日の行程、古いゴミ、茶色いガラス瓶のかけらがよく落ちていました。
あまりに道の真ん中に落ちている危険なゴミやガラス等は回収したり、持ち切れないものは道から外れた場所に移動させておきました。
ガラスで怪我した事があるので、偽善かもしれませんが、やらないよりはやっておいた方が気持ちよく旅が続けられると思い、潔癖かもしれませんが行動しています。

画伯の雑記 – 2024年10月21日畑宿(箱根町南部)から箱根町港

とても雰囲気が良いです。
ほとんど通行者がおらず、不思議な世界に迷い込んだような楽しさがありました。
それでも登りが辛いので気持ちが明るくなるように楽しい言葉を時々口に出したりしながら歩いていました。
実際はぜーぜー言いながらです。

画伯の雑記 – 2024年10月21日畑宿(箱根町南部)から箱根町港

画伯の雑記 – 2024年10月21日畑宿(箱根町南部)から箱根町港

画伯の雑記 – 2024年10月21日畑宿(箱根町南部)から箱根町港

前回歩いたのが女転し坂で、今日は猿滑坂です。
百日紅であれば良いのですが、猿でも大変な坂という方の意味でしょう。
大変でした。

画伯の雑記 – 2024年10月21日畑宿(箱根町南部)から箱根町港

画伯の雑記 – 2024年10月21日畑宿(箱根町南部)から箱根町港

ここで今日の補給食を取りました。
以前の利用客がほったらかしにしたゴミがここにも落ちており回収しました。
椅子が少し悪くなりかけていたの少し落ち着かず、あまり休憩にはなりませんでした。それでも近くに公衆トイレがあり利用し、ほっと一息はつけました。

画伯の雑記 – 2024年10月21日畑宿(箱根町南部)から箱根町港

甘酒茶屋の辺りから外国人観光客、特に白人の欧米からと思われる観光客が目立つようになりました。
おそらく遊覧船乗り場あたりから下りてきて山歩きを楽しんでいたのでしょう。
人種分布は分かりませんが、箱根は白人の観光客をよく見かけます。
子供を背負った家族連れを何度か見かけ驚きました。
中には障害者の方で海外から来てらっしゃる家族もいました。
箱根は世界ブランドなのですね。

クマも出るしイノシシも出る。

画伯の雑記 – 2024年10月21日畑宿(箱根町南部)から箱根町港

この看板で緊張感が少し高まりましたが、人通りが多く、これだけ人の気配があれば大丈夫だろうと開き直って歩みを進めました。
本当に観光客が多く途中詰まっているところがあり、通行を待つ場面もありました、山の中でです。

画伯の雑記 – 2024年10月21日畑宿(箱根町南部)から箱根町港

画伯の雑記 – 2024年10月21日畑宿(箱根町南部)から箱根町港

気の根がぐちゃぐちゃっと生えていましたが、前述した内容と相反し苔むした石畳よりは歩きやすかったです。
滑って転ぶというのがいちばんの心配事項です。
この後くらいの場所で記録を取っており、海抜716mでした。

全部の坂に名前があるのだ

画伯の雑記 – 2024年10月21日畑宿(箱根町南部)から箱根町港

完璧にログを取れてはいないのですが、この白水坂の直前で海抜716mと記録が取ってありました。猿滑坂の少し後くらいで645mでした。

天ヶ石坂

画伯の雑記 – 2024年10月21日畑宿(箱根町南部)から箱根町港

石畳の上り坂が滑りやすく歩きにくく疲労がどんどん溜まっていく実感がありました。

画伯の雑記 – 2024年10月21日畑宿(箱根町南部)から箱根町港

倒木がありました。
今日はアスファルト区間が少なく山の中ばかり歩いていました。
前回の畑宿までがピークかと思いきやまだまだ難所はあったのです。

画伯の雑記 – 2024年10月21日畑宿(箱根町南部)から箱根町港

よく名を聞く権現坂です。
案内にもある通り、小田原から歩いてきた旅人がやっと一息つける場所だったようです。
この辺りで僕の疲労もピークでした。
三島まではまだ登りもありますが、芦ノ湖まで辿り着けばそれは達成感を当時の旅人たちも感じていた事でしょう。

ケンペル・バーニーの碑

画伯の雑記 – 2024年10月21日畑宿(箱根町南部)から箱根町港

ケンペルさんは日本誌の原著者ですが、もしかしたら箱根でたくさん見かけた欧米系の観光客の中にはドイツ語で書かれた日本誌を読んで箱根に興味を持って来ている人達もいたのかもしれません。
長崎から江戸まで旅したわけですから大変だったでしょうね。
観光案内板等で国や県、箱根町が設置したもの等色々あって面白いと前述しましたが、ケンペル・バーニーの碑に至ってはケンペル・バーニー自身が建てたものです。

日本を愛した二人の外国人、ケンペルとバーニーを讃える碑です。
元箱根港周辺の混雑がとにかくすごかった

画伯の雑記 – 2024年10月21日畑宿(箱根町南部)から箱根町港

ここでツナおにぎりと草餅を買いました。
(ここで買ったツナおにぎりは食べるタイミングを逃し帰りの新幹線で食べました。)
バスの発着場であったり遊覧船乗り場の周辺はとても混雑していて、トイレやチケット売り場等も長蛇の列でした。
都内の観光地より外国人が多いのではないかと思えるほどの人口密度でした。

セブンイレブンで買った草餅とツナおにぎりをどこかで座って食べようと思っていたのですが、無理でした。
仕方がないので歩きながら草餅は食べました。
振り返ってみれば、この地点で十分な休憩が取れなかった事が本日距離を伸ばせなかった主因だと思います。
足がパンパンで、靴も痛くなってきていました。
ここで30分ほど座れていたらと、悔やまれます。

とても綺麗な杉並木

画伯の雑記 – 2024年10月21日畑宿(箱根町南部)から箱根町港

疲れて不満が口を衝いて出るほど、疲労で限界が近づいていました。
ですがこの杉並木は一生思い出に残るであろうと思えるほど素敵な景色でした。

画伯の雑記 – 2024年10月21日畑宿(箱根町南部)から箱根町港

徳川幕府が旅人たちに木陰を与えようとし植樹したものが本日まで残っているようです。
大切な文化遺産です。
第二次世界大戦中に伐採の危機に瀕したそうですが、無事に残り現在でも約420本残されていると案内にも書かれていました。
ありがたい事です、現代でもこの木陰に助けられています。

画伯の雑記 – 2024年10月21日畑宿(箱根町南部)から箱根町港

遊覧船乗り場周辺に比べるとだいぶ空いていました。
ここは学べる事が多そうなのでまた再訪したいと思いました。
旧東海道徒歩旅では進める事を優先してしまい観光が後回しになりがちです。

画伯の雑記 – 2024年10月21日畑宿(箱根町南部)から箱根町港

ご察しの通り影からも分かりますが、スタート時刻が遅かったのもあり、箱根の関所の段階で午後3時を過ぎていました。
日の入りが近いので、もう少し距離を伸ばしたかったのですが、この辺りで断念する事を考え始めていました。(午後4時34分頃が日の入り時刻だったようなので、ギブアップして正解でした。)

この辺りで見かける車や駐車されている車のナンバーは湘南ナンバーでした。
湘南ナンバーのエリアは広いですね。

箱根駅伝のコースの一部を自分も歩いていたんだな。

画伯の雑記 – 2024年10月21日畑宿(箱根町南部)から箱根町港

図らずも箱根町港のバス停がとても便利なので、ここで旅を終えておいて良かったです、次回のスタート地点としては理想的な場所です。

振り返れば東戸塚から戸塚まで歩いた日に箱根駅伝のマンホールを写真に撮っていました。

今日は東戸塚駅から戸塚駅まで歩いていました。東銀座駅から日本橋道路元標まで歩いた時には及びませんが、それに次ぐ短距離行程です。

選手たちの凄さを実感するばかりです。

暗くなると余計疲れを意識する、やっぱりとても疲れていた。

画伯の雑記 – 2024年10月21日畑宿(箱根町南部)から箱根町港
旅の後半、足を痛めてしまったかと不安になるほど強い足の痛みもありましたが、無事に箱根湯本駅まで戻り旅を終える事ができました。
箱根町港から箱根湯本駅までは直通のバスがあり座る事もでき助かりました。
途中工事箇所があり長い渋滞に捕まってしまいました。

箱根湯本駅に着いた頃にはもう日が落ちていました。
早い段階でギブアップして良かったです。
気持ちだけではなんともなりません。

画伯の雑記 – 2024年10月21日畑宿(箱根町南部)から箱根町港

足の痛みも旅を終えてみれば残りませんでした、帰りの新幹線の中では全く痛みも違和感もありませんでした。
どこかで休めていればともっと進めたはずと悔いは残りましたが、色々気づくことも多く本格的に昔の旧街道の雰囲気が楽しめました。

箱根湯本駅で気温と湿度も測ったのですが26.6℃、50%を示していました。
ネット上で公開されているアメダスによる観測値よりもずいぶん高いので自分の計測データに自信はないのですが、体感でも都内より暖かかった気がします。

次回は目指せ三島駅ですが、どうなることやら。
20km弱はあるはずです、迷ったりするでしょうからもしかしたら…

次回の旧東海道徒歩旅に御期待ください。

画伯

追記:加筆修正を随時行なっていく予定です。
とりあえず今書けている分だけになりますが投稿しました。
分かりにくい文章や誤字脱字が目立つと思いますがご了承ください。
長文をお読みくださりありがとうございました。
過去の投稿も時々直しています。

夏がとても暑くったので旧東海道旅が止まっていました。やっと涼しくなってきたので旅を再開する事にしました。

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